Whitesnake

WHITESNAKE / ホワイトスネイク『Good To Be Bad』11年ぶりのニュー・アルバム!

やっと出してくれた!
というのが正直なところ。

まちに待った、新生ホワイトスネイクの
スタジオ録音アルバム『Good To Be Bad』が出た。

デヴィッド・カヴァーデイル(Vo)を中心に
常に実力派のプレイヤーでかためられる、気になるメンバーは、

デヴィッド・カヴァーデイル(Vo)
ダグ・アルドリッチ(g)
レブ・ビーチ(g)
ティモシー・ドゥルーリー(Key)
ユーライア・ダフィー(b)
クリス・フレイジャー(ds)

という布陣。

ドラムの大好きだったトミー・アルドリッチが抜けたのが気になったが、
クリス・フレイジャーもいい仕事してます!

11年ぶりのWHITESNAKEのニュー・アルバムは
いい意味で『ホワイトスネイク(サーペンスアルバス)』を
彷彿とさせるサウンド。

デヴィッド・カヴァーデイルは
怪物だと思わずにはいられない。

まったくおとろえず、渋みを増したシャウトは
ハードロック・ファンにはたまらない。

ふたりのギターはライブ直系のハイゲインサウンドで
弾きまくってます。

そして、ヘビー・メタルっぽいハードロックなんですが、
サーペンスアルバスほどメタルっぽくないのが
心地よいです。

つまり、サーペンスアルバスのジョン・サイクスって、
マシンガン・ピッキングというか、
必要以上に刻みまくってメタル過ぎるような気がしてたのが、
そのへんのメタルっぽさとハードロックっぽさの
バランスが心地よいんです。

かなりマニアックというか、好みなんですけど、
ほんと、絶妙のバランス。

ボーカルは適度にブルージーで心地よいシャウト、
ギターのリフも適度にキャッチーで、
大胆でかつ懐かしいフレージング。

まさに21世紀版ハイテクホワイトスネイク!って感じ。
伊藤正則さんとか(絶賛してそう)

『Good To Be Bad』をひっさげてのライブツアーも組まれるだろうし、
ますますホワイトスネイクから目が離せないです♪


WHITESNAKE / ホワイトスネイク『Good To Be Bad』


グッド・トゥ・ビー・バッド


全世界待望のスタジオ・レコーディング・アルバム、ついに登場!!ロック界最高峰のヴォーカリスト、デイヴィッド・カヴァデール率いるハードロックの重鎮バンド、ホワイトスネイクの記念すべきオリジナル10枚目のスタジオ・フル・アルバムが完成!!
●ボーナス・トラック2曲収録!
●初回盤限定封入特典:ジャケット・ステッカー
●初回盤限定応募特典:オリジナルTシャツ
※ 初回特典は数に限りがございますので、ご注文はお早めに。※初回限定版をご希望の場合、単品でのご注文をお願いします。他の商品とあわせてご注文されますと、それらの商品の発送可能時期によりましては、初回特典付をお取り置きできない場合がございますので、ご了承ください。

デヴィッド・カヴァデールを中心に、つねにベストな選ばれたメンバーが参加して進化を遂げるホワイトスネイク。結成30周年を迎えますます強靭でタイトになったバンドが放つ渾身のアルバム!ハード・ロック・ファンならずとも、必聴の作品です!メンバーには、デヴィッドの右腕とも言える、凄腕ギタリスト:ダグ・アルドリッチ、そして先日のウインガー公演でも来日を果たしたレブ・ビーチ(G)、さらにティモシー・ドゥルーリー(Key)、ユーライア・ダフィー(B)という最新最強な布陣。そして、今回の作品からトミー・アルドリッチに替わり、あたらにクリス・フレイジャー(Chris Frazier)がドラマーとして参加しているのも大きなポイントとなっている!

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2006年6月の『目指せ青年実業家?!』  

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DEEP PURPLE メンバーを替えながら進化するブリティッシュ・ハードの生きる伝説

DEEP PURPLE メンバーを替えながら進化するブリティッシュ・ハードの生きる伝説
Jon Lord ジョン・ロード/キーボード
Ritchie Blackmore リッチー・ブラックモア/ギター
Nick(Nicky) Simper ニック・シンパー/ベース・ギター
Ian Paice イアン・ペイス/ドラムス
Rod Evans ロッド・エヴァンス/ヴォーカル

70年代前期のブリティッシュ・ハード黄金期、レッド・ツェッペリンと共に常にその頂点にあり、いまだ生きながらにして伝説化しているのが、ブリティッシュ・ハードの一方の雄ディープ・パープルだ。

1967年にイギリスで結成されたラウンドアバウトというバンドが彼らの前身。

このバンドには、元アウトローズのリッチー・ブラックモアや元フラワーポット・メンの2人、ジョン・ロードとニック・シンパーも含まれていたが、68年にはサウンド強化のためメンバーチェンジを行い、元メイズのロッド・エヴァンスとイアン・ペイスが加入。

それと同時にバンド名も改め、ディープ・パープルと名乗るようになる。

68年にはアルバム「ハッシュ〜ディープパープル1」でデビューした彼らは、いきなりそこからのシングル「ハッシュ」が全米4位の大ヒットを記録し、キーボードを前面に出したアート・ロックとして、大きな注目を集めた。

アメリカでは同年中にリリースされたセカンド・アルバムからも、カヴァー曲の「ケンタッキー・ウーマン」がスマッシュ・ヒットし、前作以上の成功を収めた。

しかし、ポップなシングル曲とは裏腹に、このアルバムや次のサードではしだいにクラシック音楽色を強め、プログレ・ハードの原型とも思えるような、ストリングスを多用した組曲などが増えていった。

だが、初期の彼らは、アメリカでの好調ぶりに比べ、イギリスでの評価は低く、まだまだ無名の存在であった。

折しもこの頃、イギリスではレッド・ツェッペリンが大ブレイクし、ハードでヘヴィなロックが脚光を浴びつつあった。

リッチーは自分たちも、もっとハードなアプローチをするべきだと主張しはじめる。

このリッチーのアイデアに対し、ジョンやイアンも賛同し、以降サウンドをハード路線へと切り替えてゆくのだが、69年メンバーの協議によりニックとロッドを解雇することとなった。

理由については、2人の技量が及ばなかったと噂されたこともあったが、実際はそんなことはない。

初期の3枚のアルバムを聴けば分かるが、第1期ディープ・パープルの人気を支えていたのは、ロッドのヴォーカルと言っても過言ではない。

太くて甘い、本当にいい声だ!

ニックのベースも、ライブでは聞いたことがないので、はっきりとは断言できないが、アルバムで聞く限り腕にまったく問題はない。

逆に浮いているのはリッチーのギターだったりする・・・。

もしかすると、ニックのベースはけっこう音も大きく目立っていたので、リッチーにとっては目障りな存在だったのではないだろうか!?

ロッドについては、他のメンバー達が地元イギリスでの成功を重要視していたのに対し、1人アメリカへ渡りたがっていたためだという。

後任には、リッチーのアウトローズ時代の仲間、ミック・アンダーウッド(クオターマス〜ストラップス〜ギラン/ds)の紹介で元エピソード・シックスのIan Gillanイアン・ギラン(vo)とRoger Gloverロジャー・グローバー(b)が加入した。

ロッドは脱退後72年に、あの伝説的な名盤「キャプテン・ビヨンド」をタイトル同名バンドの一員として生み出す。

このアルバムは1期パープルの目指していたプログレ・ハード路線を見事なまでに開花させた奇跡の名盤であったが、活動場所がアメリカであったことと、カプリコーンというサザンロックが得意なレコード会社からリリースされたため、当時はあまり話題にならなかった。

しかしながら、この1枚のアルバムで、ロッドのシンガーとコンポーザーとしての資質の高さは、充分すぎるほどよく分かる。

ニック・シンパーはその後ウォーホースやファンダンゴを結成し活動するが成功には至らず、80年代から目立った活動はしていなかったが、95年クオターマスIIのメンバーとして元気な姿をみせていた。

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WHITESNAKE 息づかいまで唄に換えてしまう素晴らしいヴォーカル

WHITESNAKE 息づかいまで唄に換えてしまう素晴らしいヴォーカル
一方、本家ホワイトスネイクの方は、カヴァーデイルがペイジとのプロジェクトに失敗した後、94年にエイドリアンとルディを呼び戻し、「Here I Go Again」のシングル録音やカヴァーデイル・ペイジにも参加したデニー・カーマッシ(ds)やWarren De Martiniウォーレン・デ・マルティーニ(元ラット/g)も加えて活動を再開。

この再結成ホワイトスネイクは、ツアーを中心に活動し(94年日本公演も果たす)3年間オリジナル・アルバムをリリースしなかったが、それまでバンドに多くの貢献をしながらも、一度もレコーディングに参加できなかったエイドリアンへの気づかいとレコード会社の勧めによって、97年に1枚だけのスタジオ・アルバム「レストレス・ハート」を発表した。

このアルバムは、ほとんどカヴァーデイルのソロといっても差し支えないような内容で、ブルースを原点としたカヴァーデイルのロッカーとしての集大成をみせるものであった。

おそらくカヴァーデイルの最高傑作と呼んでもよいぐらい、艶やかでしっとりしたヴォーカル。

しかも自信に満ちあふれている。

まるで、カヴァーデイル・ペイジでの失敗を自ら笑いとばし、「これが本当のオレさ」と言わんばかりに・・・。

その後、カヴァーデイルとエイドリアン2人で来日して、ホワイトスネイクを初期の頃より支えてくれた日本のファン達に感謝を表す意味で、東芝EMIの要請に応え小規模なアコースティック・ライブを行った。(この模様はライブ・アルバム「スターカーズ・イン・トーキョー」として後に発売)

しかし、これを最後にあっさりとホワイトスネイクでの活動にピリオドを打ち、カヴァーデイルはソロ活動へと転換していった。

このことについて、カヴァーデイル自身、インタビューで自らの限界を悟ったというようなことを語っていた。

非常に残念なことではあるが、もともとパワーや音域に頼るタイプのヴォーカルではないので、まだまだこれからも充分我々を楽しませてくれるはずだ。

むしろこれからは違うフィールドで、もっと活躍するような気がする。

ホワイトスネイクの残したものは、ヘヴィメタルしか知らない80年代リアルタイム世代に、70年代以前の本物のハードロックを伝えたという意味でたいへん貴重だ。

言い換えれば、ヘヴィ・メタルのルーツであるハードロックが、ブルースとロックとの結びつきの中から生まれてきたことを、身をもって体現し、本物の素晴らしさを教えてくれた大人のロッカー集団がホワイトスネイクと言えよう。

追記:2002年暮れにホワイトスネイクがデビュー25周年を記念して翌2003年から再結成ツアーを行うと発表、その途中日本へも来日。その時のメンバーは以下の通り
DAVID COVERDALE (Vo)
DOUG ALDRICH (G)ex-LION BadMoonRising DIO
REB BEACH (G)ex-WINGER DOKKEN AliceCooper
MARCO MENDOZA (B)ex-TedNugent JohnSykes ThinLizzy
TOMMY ALDRIDGE (Dr)ex-OzzyOsbourne WHITESNAKE
TIMOTHY DRURY (Key)EAGLES DonHenry

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WHITESNAKE 80年代最も輝いていた古典的ハードロック・バンド

WHITESNAKE 80年代最も輝いていた古典的ハードロック・バンド
そして84年、アルバム「スライド・イット・イン」をまずヨーロッパと日本でリリース。

この時のメンバーにはロック界の風来坊という異名をとる強力な助っ人Cozy Powellコージー・パウエル(元JBG〜レインボー〜MSG/ds)やMel Galleyメル・ギャレー(元トラピーズ/g)、Colin Hodgkinsonコリン・ホッジキンソン(元アレクシス・コーナー/b)を加えていたが、レコーディング途中でミッキー・ムーディーがJohn Sykesジョン・サイクス(元タイガース・オブ・パンタン〜シンリジィ/g)に交代、ホッジキンソンが解雇されニール・マーレイ(b)が復帰していたことから、ゲフィン・レコード側はレコーディングのやり直しを要請。

それを受けてギターとベースのパートだけ入れ替えられたものをアメリカで後からリリースした。

このアルバムではダイナミックでヘヴィなサウンドへと変貌を遂げ、大ヒット・シングルこそでなかったものの、全米でロング・セラーとなり、後にはプラチナディスクに輝く成功を収めた。

だが、いよいよこれからというときに、次々と問題が発生する。

まず、この年メル・ギャレーが腕を骨折して脱退。

ジョン・ロードがディープ・パープル再結成のため離脱。

85年にはコージー・パウエルが脱退したため代わりにAynsley Dunbarエインズレー・ダンバー(元ブルース・ブレイカーズ〜JBG〜フランク・ザッパ&マザーズ〜ジャーニー〜ジェファーソン・スターシップ/ds)を迎え次作のレコーディングを開始した。

尚、ギターはサイクスが1人で演奏し、キーボードにはDon Aireyドン・エイリー(元コラシアムII〜レインボー〜ジェスロ・タル)を迎えている。

ところが、途中カヴァーデイルが重症の副鼻腔炎で再起不能かもしれないという状況に陥り、このレコーディングは一時中断し、完成までに1年以上もかかってしまう。

その間にカヴァーデイルはメンバー全員を解雇し、87年に3年ぶりのニュー・アルバムを発表する頃には、すでに別バンドと化していた。

この新生ホワイトスネイクの顔ぶれは、

David Coverdale デイヴィッド・カヴァーデイル/ヴォーカル
Adrian Vandenberg エイドリアン・ヴァンデンバーグ/リード・ギター(元ヴァンデンバーグ)
Vivian Campbell ヴィヴィアン・キャンベル/ギター(元DIO)
Rudy Sarzo ルディ・サーゾ/ベース・ギター(元クワイエット・ライオット)
Tommy Aldridge トミー・アルドリッヂ/ドラムス(元パット・トラヴァース・バンド〜ゲイリー・ムーア・バンド)

実はこのメンバー、シングル「スティル・オブ・ザ・ナイト」のビデオ・クリップ撮影用のために集められたプレイヤー達で、実際にはこのニュー・アルバム「サーペンス・アルバス〜白蛇の紋章」では演奏していない。

だが、この曲を含むニューアルバムからのビデオ・クリップは素晴らしい出来映えで、MTVでひっきりなしに放映され、セカンド・シングルの「Is This Love」が全米2位の大ヒットを記録。

セルフ・カヴァー曲のサード・シングル「Here I Go Again」は見事全米No.1に輝く大成功を収めるのだった。

(注・実はこのシングル用テイクは「サーペンス・アルバス〜」とは違うヴァージョンで、演奏自体も前のメンバーでも新しいメンバーでもなく、ダン・ハフ(g)、マーク・アンデス(b)、アラン・パスクワ(kb)、Denny Carmassiデニー・カ-マッシ(元モントローズ/ds)が起用され、後のグレイテストヒッツに収録されている)

結局このアルバムは全米2位まで上昇し、80年代においてのこういったブルース・ベースの古典的ハードロック・バンドとしては空前の1000万枚を越えるセールスを記録した。

もちろん、彼らの実力が伴ってのことだが、MTVを始めとする映像による宣伝効果や、レコード会社の適切な判断、カヴァーデイルの良い人材を見極める才能などがうまく噛み合っての成功であったとも言えよう。

翌88年には来日も果たし、そのまま全米ツアーへと向かうが、ツアー終了後ヴィヴィアンが脱退。後任のギタリストを捜しつつも、もともとリード・ギターであったエイドリアンがいたことから、次作のレコーディングを開始する。

しかし、ここでまた問題が発生する。エイドリアンが腕を痛めて演奏不能となってしまったのだ。

そこで代わりに、超人イングヴェイ・マルムスティーン(g)の後任としてアルカトラスで大活躍し、いきなり時の人となっていたSteve Vaiスティーヴ・ヴァイ(元フランク・ザッパ&マザーズ/g)にギター・パートを任せ、89年中にアルバム「スリップ・オブ・ザ・タング」を完成させた。

このアルバムでは、スティーヴ・ヴァイが見事期待に応え・・・いや応えすぎて、すさまじいギター・プレイを炸裂。

その結果ギター・ファンには好意的に受け取られたものの、昔からのファンやカヴァーデイルのファンからは避難を浴び、賛否両論を巻き起こした。

注目されたという点ではこのアルバムも成功であったというべきなのだろう。全米トップ10にチャートインしたことが、それを物語る。

ヴァイはその後のツアーも正式メンバーとして行動を共にし、復帰したエイドリアンと激しいツイン・リード・バトルを披露した。

しかし90年大規模なワールド・ツアーの後、カヴァーデイルの夢のプロジェクト実現のため、ホワイトスネイクの歴史はいったん幕を閉じる。

ホワイトスネイク解散または脱退後、メンバーたちは各方面へと散っていったわけだが、その主な動向では、まず92年カヴァーデイルは、あの大物ギタリスト、ジミーペイジとプロジェクトを組み「カヴァーデイル・ペイジ」として活動を開始した。

元・ディープ・パープルのヴォーカリストと元レッド・ツェッペリンのギタリストが手を組んだということで、大いに話題になったこのプロジェクトではあったが、ふたを開けてみれば、往年のプレイを惜しげもなく披露するペイジの気迫の前に、カヴァーデイルは萎縮したのか、自分本来の歌唱法を見失い、ペイジのかつてのパートナーであったロバート・プラントを大きく意識したダミー人形のようであった。

ペイジとしては、これが引き金となり、ロバート・プラントとのコンビを復活させることになるのだから、このプロジェクトも大きな意味を持つものであったが、カヴァーデイルの方は、あのままホワイトスネイクで活動していれば、少なくてもそこそこの成功は約束されていたはずだったものをフイにし、今まで築き上げてきた評価を一気に落としてしまったのだから、“大きな失態”と言わざるを得ない。

他のメンバーでは、エイドリアン、トミー、ルディの3人は、93年マニック・エデンを結成し活動を始めた。

ヴァイはホワイトスネイクでの活躍などで、一躍ギター界のニュー・ヒーローとなり、ソロ・アルバムをリリースする傍ら、様々なセッションで引っ張りだこになっていた。

その他では、イアン・ペイスとニール・マーレイはゲーリー・ムーア・バンドへ移った後、ペイスはブラック・サバスへ、マーレイはホワイトスネイクへ一度出戻り、その後日本が誇るハードロック・バンド、バウワウへ加入し話題となった。

コージ・パウエルはエマーソン・レイク&パウエル(EL&P)を結成し1枚アルバムを残した後、ブラック・サバスへ、その後も“風来坊”のあだ名どおりいくつものバンドを転々とするが、98年自動車で高速道路を運転中事故を起こし、帰らぬ人となってしまった。

元祖風来坊的なエインズレー・ダンバーも、あちこちのバンドを渡り歩き、最近では再結成UFOで、相変わらず元気なところをみせていた。

ジョン・サイクスはブルー・マーダーへ移ったあと、シンリジィへ出戻り、その後自らのバンド、サイクスを結成している。

ヴィヴィアン・キャンベルはその後、新生デフ・レパードにその名前を見つけることができる。

また、ホワイトスネイクのオリジナル・メンバーであった、バーニ・マースデンとミッキー・ムーディーは、97年にザ・スネイクスというバンドを結成。その後ドン・エイリーやニール・マーレイまで加え、カヴァーデイル似(?)のヴォーカルを立て、カンパニー・オブ・スネイクスとバンド名に改名して活動中らしい。(ドン・エイリーは2000年に脱退したようだ)

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WHITESNAKE 名プレイヤー達に支えられたロック界随一のセクシー・ヴォイス

WHITESNAKE 名プレイヤー達に支えられたロック界随一のセクシー・ヴォイス
ヘヴィ・メタル全盛期、細くて金属的なハイトーン・ヴォイスが主流の中、太くセクシーなスウィート・ヴォイスで、大人のロック・ファン達を魅了した男がいた。

彼はかつて“ディープ・パープル”という大きな看板からの重圧をものともせず、バンド末期には逆に他のメンバー達を牽引する働きをした。

そして、パープル解散後は、その肩書きに負うことなく、自らの手で成功をつかみ取っていった。

その男デイヴィッド・カヴァーデイル。

80年代にはロニー・ジェイムスディオと共に、ハードロック・ヴォーカリストの最高峰と囁かれるまでになったが、ホワイトスネイクの解散とともに、ハードロッカーとしての自分にも一旦終止符を打った。

1976年のディープ・パープル解散後、他の歴代メンバー達と違い、カヴァーデイルだけは元ディープ・パープルという肩書きを利用しなかった。

ほとんどの場合、こういうビッグなバンドを経験したプレイヤー達は、有名バンドに入るか、知名度の高いメンバーを集めてニュー・バンドを結成するものだ。

しかし、彼の場合はソロとなり、裸一貫からスタートしようと決意するのだった。

そして2枚のソロ・アルバムをリリースするが、あまり話題にもならないまま、いつしかロック・シーンのメイン・ストリームからカヴァーデイルの名は消えつつあった。

78年には、その2枚のソロ・アルバムに協力してくれたメンバーらとホワイトスネイクを結成。

・・・静かなスタートであった。

このホワイトスネイク結成に感心を持つものなど、ほとんどいなかったろう。

メンバーもカヴァーデイルと元パープルのリーダー、ジョン・ロード以外ほとんど無名(腕利きではあるのだが)の6人組で、サウンドもブルースを基調とした地味なものだった。

ホワイトスネイクの場合、カヴァーデイルのソロ・プロジェクト的な面が強く、メンバーも流動的なため、“オルジナル・メンバー”といってもあまり意味のあるものではないが、一応記しておくと、

David Coverdale デイヴィッド・カヴァーデイル/ヴォーカル(第3期ディープ・パープルのヴォーカルに抜擢され一躍有名になった名シンガー)
Mickey Moody ミッキー・ムーディ/ギター(名ヴォーカリストのポール・ロジャースとは学友)
Bernie Marsden バーニー・マースデン/ギター(72年にUFOに加入したが、すぐにマイケル・シェンカーにメンバーの座を奪われた男)
Jon Lord ジョン・ロード/キーボード(言わずと知れたディープ・パープルのリーダー)
Neil Murray ニール・マーレイ/ベース・ギター(元コラシアムII、後ブラックサバスのメンバーとして活躍する名ベーシスト)
David Dowle デイヴィッド・ドウル/ドラムス(元Streetwalkers)

このメンバーで同78年、アルバム「トラブル」を発表し、ホワイトスネイクは正式デビューした。

翌79年には、シングル「Snakebite」を発表し、続いてセカンド・アルバム「ラヴ・ハンター」を発表するが、いずれもカヴァーデイルのルーツ・ミュージックであるブルースの影響を色濃く反映したソロ的な内容になっている。

しかし、この年の暮れ、元ディープ・パープルのIan Paiceイアン・ペイス(ds)の加入によってディープ・パープルの再結成かと騒がれ出し、脚光を浴びるようになると、ホワイトスネイクもいよいよ正式なバンドとしての形態を整え、1つのバンドとして歩み始めるのである。

80年には、イアン・ペイス参加後初の話題アルバム「Ready An' Willing」をリリースして一気に知名度をあげると、日本ではこの中からのシングル「フール・フォー・ユア・ラヴィング」のヒットも生まれ、しだいに人気を博すようになっていった。

その後もこのメンバーで、ライブ・アルバムとスタジオ・アルバム「カム・アンド・ゲット・イット」をリリースし、シングル「ドント・ブレーク・マイ・ハート・アゲイン」は81年全英1位の大ヒットを記録、同年来日公演も果たしている。このように日本とヨーロッパではすでにビッグ・ネームの仲間入りをし順調に活動していた。

しかし82年、次のアルバム「セインツ・アンド・シナーズ」をめぐってミッキー・ムーディーがプロデューサーと衝突し脱退。

ホワイトスネイクはバンド活動を休止せざるを得ないという初めてのピンチにたたされる。

そしてそのまま2年の月日が流れたが、その間にカヴァーデイル、ミッキー・ムーディ、ジョン・ロードの他はメンバーが入れ替えられ、新たにアメリカのゲフィン・レコードと契約した。

これはかねてからの悲願であったアメリカ進出を目論んでのことでもあったのだ。(ちなみに「セイント・アンド・シナーズ」には、名曲「Here I Go Again」のオリジナル・ヴァージョンが入っている。)

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WHITESNAKE ジャパン・ツアー 2006

WHITESNAKE ジャパン・ツアー 2006
来日メンバー
■David Coverdale (Vo)
■Doug Aldrich(G)
■Reb Beach (G)
■Timothy Drury(Key)
■Uriah Duffy(B)
■Tommy Aldridge(Dr)

1976 年にDEEP PURPLEを脱退したデイヴィッド・カヴァデールがソロ・アルバムをリリース後、自らのバンドとしてWHITESNAKEを結成。

1978年『TROUBLE』でデビュー。ブルージー・テイスト漂うハード・ロック・サウンドを武器に、イギリス国内のみならずヨーロッパ・ツアーも行うなど積極的な活動を展開。

1980年には“Fool For Your Loving”が全英チャート1位に輝き、3rd『READY AN’ WILLING』もゴールド・ディスクを獲得した。

同年には初の全米ツアーも行った。1982年にコージー・パウエル(Dr)が加入。

これ以降バンドは大胆なメンバー・チェンジを繰り返すようになる。

その後もコンスタントな活動を続けていたが、7th『WHITESNAKE (SERPENS ALBUS)』のリリースと同時にデイヴィッドは当時のメンバー全員を解雇。

エイドリアン・ヴァンデンバーグ(G)やトミー・アルドリッヂ(Dr)らを迎え入れラインナップを一新し、MOTLEY CRUEとの全米ツアーを行った。

このアルバムは全米2位になり、800万枚以上のセールスを記録した。

さらに1989年スティーヴ・ヴァイ(G)を加入させ8th『SLIP OF THE TONGUE』をリリース。

1990年にはワールド・ツアーを行うが、日本公演を最後に解散してしまう。

その後デイヴィッドは元LED ZEPPELINのジミー・ペイジ(G)とCOVERDALE-PAGEを結成、1993年にアルバムをリリースするがCOVERDALE-PAGEは自然消滅。

そこでデイヴィッドは1994年、ギタリストに新たにウォーレン・デ・マルティーニを迎え、WHITESNAKEを再結成させ、日本を含む大規模なツアーを行った。

そしてそのままエイドリアンと曲作りに取り掛かり、1997年に『RESRLESS HEART』をリリース。

再び日本を含むツアーを敢行するが、WHITESNAKEとしての活動は休止となった。

デイヴィッドは2000年ソロ名義のアルバム『INTO THE LIGHT』をリリース。

ソロとしての活動を本格的に歩み出した。

ところが2002年末突如、ダグ・アルドリッチ(元LION, BAD MOON RISING, DIO etc.)とレブ・ビーチ(元WINGER, DOKKEN, ALICE COOPER etc.)という2人の辣腕ギタリストに加え、ソロ活動時に一緒にプレイしていたマルコ・メンドーサ(B)、本メンバー中唯一のWHITESNAKE経験者であるトミー・アルドリッヂ(Dr)、THE EAGLESとのプレイで知られるティモシー・ドゥルーリー(Key)による新生WHITESNAKEが2003年1月から全米ツアーを開始するというアナウンスがされる。

そして25周年となる2003年には、その新生WHITESNAKEとして実に6年ぶりの来日公演を行い、各地でソールドアウトを連発するほどの盛況ぶりだった。

その後のワールド・ツアーも大成功を収め、今回約2年半ぶりとなる待望の来日公演が実現した。

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WHITESNAKE:サーペンス・アルバス〜白蛇の紋章〜

WHITESNAKE:サーペンス・アルバス〜白蛇の紋章〜
CD (1988/09/30)
ソニーミュージックエンタテインメント - ASIN: B00005GB3W

曲目リスト
1.クライング・イン・ザ・レイン
2.バッド・ボーイズ
3.スティル・オブ・ザ・ナイト
4.ヒア・アイ・ゴー・アゲイン
5.ギヴ・ミー・オール・ユア・ラヴ
6.イズ・ディス・ラヴ
7.チルドレン・オブ・ザ・ナイト
8.ストレイト・フォー・ザ・ハート
9.ドント・ターン・アウェイ

Amazonレビュー
ホワイトスネイクの最高傑作として名高い87年発表の作品。

『セインツ・アンド・シナーズ』に収録していた『クライング・イン・ザ・レイン』『ヒア・アイ・ゴー・アゲイン』を新たにレコーディングしたほか、ヘヴィな『スティル・オブ・ザ・ナイト』、スピード感のあるポップチューン『ストレイト・フォー・ザ・ハート』など、魅力あふれる選曲になっている。

参加メンバーでは、エッジの効いたギタープレイを随所で聴かせるジョン・サイクスが、デヴィッド・カヴァデールに匹敵するほどの存在感。

全体の印象はハードだが決して乱れることはなく、メロディアスだが甘すぎない。

ベテランならではの巧さが光る作品である。(富良仁枝実)

「1曲目でキマリ!」
レビュアー:darksideofthemoon (大阪府東大阪市)

オープニングの「ジャジャジャン!」で勝負は決まったもので、この作品が並みの作品でないことが解ります。

私自身もこの作品以降のホワスネは好きではありませんし、ジョン・ロードやイアン・ペイスらがいたころのホワスネが好きですが、この作品の評価は以前が良かっただ、ZEPっぽいとか言う評価がナンセンスである事を作品自体の充実度で克服しています。

「スライド・イット・イン」リリース以降、一度、「死に体」になったホワスネ&デビカヴァが起死回生に放った超名作であります。

1はオープニングも秀逸ですが、ジョン・サイクスこん身のGソロが聴き所!豪雨のようなソロが聞けます。

2と7もカッコいいHR(ライブでは2の Gソロの後に7のサビが入っていましたね)。

4は全米ナンバー1に輝きましたが、原曲よりも洗練された感じで良いです(もう1つのヴァージョンはあまりに軽い感じがしますが)。

Gソロはエイドリアン・ヴァンデンヴァーグが弾いています。

5はノリの良いライブ映えする1曲。

6はベテランだからこそ歌えるバラードの名曲。

8はストレートなHRナンバーで、このアルバムの中では一番印象が薄いかもしれませんが、結構サイクスのソロがカッコいい。

9はアルバムの最後を飾るに相応しい壮大なナンバー。

しかし、3の「スティル・オブ・ザ・ナイト」が80年代を代表する1曲であることは疑いようのない事実。

ゲイリー・ムーアが「レッド・クローン」なる曲を書いていますが、そんな陳腐な批判はこの曲を聴けば吹き飛びます!

確かにこの作品の功労者はジョン・サイクスかもしれませんが(ブルー・マーダーの1stを聞けば一目瞭然。因みにこちらも超名作!)、デビカヴァとホワスネの当時置かれた状況が、執念となり生み出された作品であることは事実なわけで、80年代のHM/HRに興味をもたれた方は是非ともチェックして頂きたい作品です。

「80年代最高のアルバム」
レビュアー:maniacーmaniaーkeizi "keizi" (FUKUOKA JAPAN)

80年代のHM・HRブームの中、満を持して発売になった元DEEP PURPLEの3代目ボーカリスト、デビット・カバーデイル率いるホワイトスネイクの最高傑作であり80年代のHM・HRブームの最高傑作となったアルバムです。

オールドファンには不評だった様ですが私のようにリアルタイムで聴いた人には衝撃的で全9曲全て捨て曲なしでアナログのA面にあたる"Crying in the Rain"は何回も聞き返したものである、特に"Here I Go Again"は既発の曲でセルフカバーですが、このバラード曲だけは何回聴いても泣きそうになるし個人的には名曲だと思っています。

注目するのはギタリストのジョン・サイクスでレコーディング終了後脱退してしまうがデビット・カバーデイルのボーカルに対抗できるギターの存在感はロバート・プラントとジミー・ペイジの様でもある、後年バンドを解散しジミー・ペイジとバンドを組むがこのアルバム以上の出来だったかはセールス的にはっきりしている。

ブームも去り発売から20年近く経ちますが、またHM・HRブームが来た時はきっと再評価されるであろう!!

個人的には名盤中の名盤と思っています・・・GREAT

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Posted by rosheena at 01:39Comments(0)TrackBack(1)このエントリーを含むはてなブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク

ディープ・パープルの直前にホワイトスネイクも来日!

ディープ・パープルの直前にホワイトスネイクも来日!
5/16の大阪国際会議場にホワイトスネイクを見に行きます。
その前もZEPP大阪だったかな?
見に行きました。

ホワイトスネイクはライヴのDVDも発売されてるし
絶好調ですね!!

また"Burn"やってくれるのでしょうか。
ホワイトスネイクに"Burn"をやるのを期待するのは
もしかしたらおかしいかもしれませんが、
デヴィッド・カヴァーディルが歌うディープ・パープルが
もはや存在しない以上、ホワイトスネイクに期待するしかないですね。

以下は『ぴあ』より引用。
ブリティッシュ・ハード・ロックの王道を歩んできたベテラン・ボーカリスト、デヴィッド・カヴァーディルのリーダー・グループ、ホワイトスネイク。

結成 25周年にあたる2003年の来日公演も大好評だった彼らが、再び日本にやって来る。多くのメンバー・チェンジにもめげず、王者としての貫禄で君臨するライブ・パフォーマンスに期待。

デヴィッド・カヴァーディルは、ディープ・パープルの第三期のボーカリストとしてシーンに登場した人物。そして彼がディープ・パープル脱退後に結成したリーダー・グループがホワイトスネイクである。

元々ブルース・ロックをベースにしてハード・ロックにアプローチする彼の音楽性は、フリーやバッド・カンパニーでお馴染みのポール・ロジャースなどと共通する部分が多く、ディープ・パープル在籍時にも前任者のイアン・ギランがアグレッシブなハイ・トーンを武器としていたのに対し、ソウルフルな歌心で強い人気を持っていた。

しかし彼の特別な存在感はその後の活動による部分も少なくない。

何といっても93年に元レッド・ツェッペリンのジミー・ペイジとのプロジェクト、カヴァーディル・ペイジでアルバムを発表。70年代のブリティッシュ・ハード・ロックにおいて、ディープ・パープルとレッド・ツェッペリンはその双璧をなす存在であったが、人脈においても作風においてもその両方の系譜を受け継ぐ貴重なキャラクターとなったのである。

こうしたプロジェクトやデヴィッドのソロ活動などもあって、90年代以降のホワイトスネイクは実質的に休業状態が続いていたが、 2003年には25周年を記念するツアーをきっかけに活動を開始。

今回はそれ以来の来日公演となる。そして最近のホワイトスネイクの動向として気になるのが、何とディープ・パープル時代の代表曲「バーン」も披露して、往年のファンを仰天させたヨーロッパ・ツアーのセット・リストだ。

ディープ・パープルでのデビュー、ジミー・ペイジとの関わりなど、ブリティッシュ・ハード・ロックの歴史の中心で、様々なマジックを巻き起こしてきたスーパー・ボーカリストが、そのキャリアから選りすぐった楽曲を披露する特別なステージとなることを期待したい。

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Posted by rosheena at 12:15Comments(0)TrackBack(2)このエントリーを含むはてなブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク